婚姻費用分担請求と権利濫用の問題
婚姻費用分担は、婚姻中の夫婦の基本的権利義務(民法第760条)であり、別居後も同居または離婚に至るまでは、相手方配偶者の生活費すなわち婚姻費用を負担する必要があります。
民法は、婚姻費用分担義務に例外規定を設けておらず、基本的には婚姻費用は必ず分担しなければならないこととされています。
しかし、例えば、相手方配偶者が不貞行為に及んだ挙句、勝手に家を出て別居が開始された場合など、婚姻費用分担義務者から見ると、婚姻費用を払うことが躊躇われるケースもあることでしょう。
このような場合には、民法の一般原則である権利濫用(民法第1条3項)の法理により、婚姻費用分担請求が制限されることがあります。
婚姻費用分担審判における権利濫用の判断について
しかし、婚姻費用分担を判断するのは家事審判手続であり(家事事件手続法第39条、別表第Ⅱの3)、職権調査・職権探知主義が採用され厳格な証拠調べの手続きを定めていない家事審判は、離婚紛争で大きなウエイトを占める離婚原因の有無や当事者の有責性を判断するには馴染まない手続きであると考えられています。
実際の裁判例でも、原則として、婚姻費用分担の判断においては離婚原因の有無や有責配偶者の確定は不要とされ(福岡高裁昭和43年6月14日決定、家月21巻5号56頁)、有責性の問題は慰謝料や財産分与の場面で考慮すれば足りるものとされています(東京高裁昭和57年12月27日決定、判時1071号70頁)。
仮に家事審判手続においてそのような事実判断を厳格に行うとすると、家事審判手続が長期化し、婚姻費用分担を求める当事者の生活基盤を長期に渡って脅かし続けることにもなりかねないという考慮もあることでしょう。
権利濫用により婚姻費用分担請求が制限される事例
それでも、婚姻費用分担請求が権利濫用に当たるとして遮断されることも多く、実際に多くの裁判例があります。
しかし、権利濫用が認定されるのは、あくまで「婚姻費用分担請求が権利濫用に当たるといえるほどの有責性が証拠上容易に推認させる場合」に限られるということに注意すべきです。仮に不貞行為があったとしても、その不貞行為が軽微であったり、他の破綻原因の存在が垣間見られるような場合には、権利濫用というには足りないというべきでしょう。
実際、当事務所で受任した事案でも、不貞相手との男女関係が1度きりであり、同時期に既に夫婦関係が相当程度悪化していたケースでは、権利濫用の主張は認められず、婚姻費用分担請求が認容された事例があります。
また、権利濫用になる場合でも、権利濫用によって制限されるのは、あくまで有責配偶者本人の生活費相当分に限られ、子の生活費相当額については制限されないことにも留意する必要があります。
これ以外にも、義務者が権利者自宅の住宅ローンを負担している場合において、義務者が有責配偶者であることを理由に、婚姻費用の算定において住宅ローンの負担を考慮しないとした例もあります。